【漆#1】時が経つ楽しみ、拭き漆(ふきうるし)
突然ですが、拭き漆(ふきうるし)をご存知でしょうか?拭き漆とは、木地(きじ)を漆で拭きあげる仕上げ方法のことを言います。なかなか馴染みないですよね。しかし、実は昔から受け継がれてきた手法であり、歴史ある建造物(例 : 日光東照宮)には必ずといっていいほど使われています。最大の特長は自然の木目が一層引き立ち、木地を長持ちさせること。また時が経つほど美しさと耐久性も増し続ける内装仕上げとして、今後の新築・リフォーム時にも活用できる選択肢です。
拭き漆を知ったきっかけ
建材ダイジェスト編集部は福井県にあります。地場伝統工芸品の1つに「越前漆器(えちぜんしっき)」があります。「河和田塗(かわだぬり)」としても有名な産地で約400近い関連企業や工房・職人が集まり、全国の旅館や飲食店等で使われる業務用漆器の8割を生産しています。最近ではiPhoneケースやタンブラー、腕時計の文字盤にまで広がっています。
当社にも河和田出身の社員がおり、聞くと「木材に漆を塗って床や柱に使うことがある」とのこと。「漆=漆器(お椀・箸)」というイメージが私のなかで固定化していたのですが、「漆=天然塗料」と改めて気づかされることに。
さっそく産地河和田の拭き漆職人のもとへ取材に行きました。
実際の拭き漆の様子
今回取材させて頂いたのは河和田の拭き漆職人、堀さん。拭き漆の工程はいたってシンプル。塗りたい木地に生漆(きうるし)を吸い込ませた布で拭きあげていきます。
(※一部、機密情報保護のためぼかしを入れています)
生漆は乾く前は飴色、乾くと黒色となり、ゴム手袋をしないと手が真っ黒になります(※かぶれますので、安易に真似しないでください。1週間入院した方もいます。)
拭き上げます。この作業を3~5回繰り返せば艶のある漆の塗膜ができあがり、拭く回数や木地によって、見た目も変化します。木地見せの塗装の中では最高級の仕上げ法です。
拭く前と比べ、艶がでます。「海近くの木材やと、塩気が残っていて漆が乾かない場合もある。木工ボンドもついてると、木地に漆が染み込まず白くなることもあるんや」と堀さんは言います。
動画
参考 : 拭く回数による違いの様子
なお河和田のうるしの里会館に、拭く回数による違いがわかる掲示物があります。1枚板に塗る回数をわけてその違いを示しています。左から右に進むにつれ、塗り回数が増えています。
こちらは「栃(とち)」「欅(けやき)」「杉」。1回塗るとかなり違うことがわかりますね。1回塗りと3回塗り、3回塗りと5回塗りも違いがありますね。
5回塗り以降はそこまで違いを感じません。樹種でいうと栃はおもしろいですね。永平寺の看板は欅です。「北陸では拭き漆ができなかったら大工になれなかった」といわれるほどの仕上げ法。
通常の建材であれば施工直後から摩耗・劣化が始まる一方、拭き漆は塗膜が硬化し続けてゆきます(北海道の遺跡から9000年前の漆品も無事に見つかるほど)。床仕上げの選択肢として知っておいて損はないです。
次回は拭き漆(床材編)をお届けします。
参考 : 漆の特徴
漆には次のような特徴があります。
【特長】
- 木地を長持ちさせる
- 木地の木目を引き立たせる
- 塗膜が丈夫で、ゴーンと何かぶつかっても、へこんだり傷つきにくい(塗膜がはげにくい)
- 耐薬品性(硫酸、硝酸、金を溶かす王水、フッ化水素、アルコール等でも傷まない。太平洋戦争時には、化学兵器の収納箱に使用されたほど強い。)
- 防錆性・防菌性
- 熱が伝わりにくいので保温力があり、料理がさめにくい
- 耐熱性も強い(200℃くらい)
【弱点】
- 太陽の光(紫外線)には敏感。屋外だと25~30年で塗り替えが必要
- 電子レンジ・オーブンに通すと黒こげになるので注意。(水分を摩擦熱で飛ばそうとするため)
- ウルシオールという成分により、かぶれる。皮膚科の医師にすぐ相談すること。
【その他】
硬化時間は約8時間前後かかり、塗上がり後しばらくは傷が付き易いのも特徴。塗上がり後、4週間程度は爪で傷が付き、2か月後には鉛筆の硬度で1H程度になる(1年後には、9H程の硬度となる)。
参考図書 :
- 室瀬 和美『漆の文化 受け継がれる日本の美』角川選書、2002年
- 中室 勝郎『なぜ、日本はジャパンと呼ばれたか―漆の美学と日本のかたち』六曜社、2009年
- 松田 権六『うるしの話』岩波文庫、2001年
- 中里 寿克『産地別 すぐわかるうるし塗りの見わけ方』東京美術、2000年